或る孤独な青年の体験記としての合法ハーブ 下

鬱屈で散々たる生活に俺が望んでいたのは、こういった安易で直感的な快楽だけだった。

全身に、それも爪の先まででろんとした薄い皮膜が貼ったような感触を覚る。局部麻酔を少し優しくしたような、心地よい痺れだ。
そして問答無用に脳髄が覚醒する。いつもの「どうせ何も変わらない」現実に対する無気力とか、欲求のない自分に対する嫌気とか、社会不適合に対するコンプレックスとか、とにかくそういったネガティブを全て忘れられるのだ。このときばかりは。

しかしこういった痲薬はやはり厄介で、時としてグルーミーな感情を恐怖へと増長させてしまう事もある。錯乱し、嘔吐し、酷ければ気絶してしまう事もある。

俺は、このバッドトリップを何時だって一番危惧している。恐怖に支配されてしまわぬよう、近所で借りてきた安っぽいアクション映画を鑑賞する。
内容は一切頭に入ってこない。はじめはひたすら閃光と轟音のリズムに合わせて、瞬きしたり、口をパクパクさせたりしていたが、そのうちそれにも飽きてしまう。

手持ち無沙汰になった俺は、立ち上がってすぐに家を出る事にする。もちろん明瞭とした目的などある筈もなく、ふらふらと街灯も消えた路地を歩き、店の灯りをみてニヤついたり、思い出したように一人で踊ってみたりする。ああ、これではまるで阿呆みたいだ。

それでも俺は、露ほども冷静な思考に立ち戻ろうとはしなかった。たった一人で「ハーブ中毒者」として狂っているのが楽しかった。気ちがいでも、普段の無気力で鬱然としている自分よりいくらかましだ。

とにかくそうして俺が就寝したのは、無意味な外出を終えて家へと帰り、また阿呆のようにスナック菓子を頬張って、アルコール中毒者のように水をがぶ飲みした後だった。

翌日、起きたときにはもう夕刻になっていて、開け切った窓から、斜陽が静かに部屋へと注ぎ込まれていた。