頬杖日誌

「○○さん。ご家族の方が面会にこられてますよ」
看護婦さんにお爺が呼ばれる。
お爺が頬を少しばかり憂色を帯びた薄紅色に染めながら、「それじゃあな。続きはまたあとで話してあげよう」とおっしゃったので、
「ええ、楽しみにしてますわ」と、持ちうる表情の中で一番はっきりとした笑顔で呼応した。けだし、とても清淑で可愛い表情になっているだろうと思った。

お爺とのお話を終えたあとは、松葉杖を使ってお庭を散策。とてもしんどい運動だけれども、郁々青々とした草木や色とりどりのお花たちを思うと、不思議と労苦でもなかったし、最近差し入れの甘味を頂きすぎて少しばかり太り始めた私にとって、それは半ば当為であるようにさえ思われた。

それにしても、今日は格別に快晴だ!
建物を真下に据えた青空は今にも墜落しそうな程雄大で、唯一のコントラストである純白の太陽は、その燦爛たる陽射しを惜しみなく照射して私を出迎えてくれる。
敷地内には、一畝歩の間にも多種多彩な初夏の花々が咲いていて、広々としたお庭の澄んだ空気の中で、微かに甘美な香りを漂わせている。その香りを私は、「侘しい」と思った。
とりわけ美しい花───石楠花、紫陽花、立葵といった私の好きな花を愛でながら、松葉杖の負担をもまるで忘れてふらふらと歩いていると、あっという間に裏手までついてしまった。

病院の裏手には自動販売機やベンチが備え付けられている吹き放ちの空間があって、普段は雨宿りもできる休憩スペースとして利用されていた。
私はそこにいる一人の男の子の姿を確認する。ベンチに腰掛け退屈そうに本を読んでいる彼の元へと、一生懸命松葉杖を動かしながら歩み寄る。
散策が日課になっているもう一つの理由。誰にも言わずひた隠しにしていた密やかな楽しみこそが、彼だった。