処女作

これで何度目だ、また僕は真っさらな原稿を置きっ放しにしてしまう。

小説を書こうと思っても、書き出しすら思いつくことができない。

そもそも、どうしても書きたい主題がないのだ。

 

僕は、これ以上不毛な時間を過ごすまいと、書斎を後にしリビングで一喫する。

ふとTVを点ける。いつもならそのけたたましさに辟易するだけなのだが、僕はこの有害なだけの箱が映し出す映像に齧りついていた。

それは、報道番組だった。十代の子どもが、同年代の子どもをリンチした後殺すという、センセーショナルで凄惨な事件についての特集だ。

僕は不本意ながら、報じられた犯人達を羨望の眼差しで見つめていた。

僕は、所謂「一般家庭」に生まれ、幼い頃からとりたてて飢えも不自由も感じた事はなかった。

だけどそれは、見方を変えればただの「凡庸」だ。

いつまで経っても原稿の一枚もかく筆できないような、僕の「がらんどうさ」の一因である。

 

有害な箱に映る報道番組は、この非現実な事件の主人公達の特殊な生い立ちや、人格を推察し、紹介している。

僕は、彼らに狂おしいほどの嫉妬を覚えながら、側にあった果物ナイフで自らの手首を乱暴に切りつける。

あらかじめ数本の線をたたえた手首に、また新たな線が加わった。この歪んだ不細工な線の数だけ、僕は僕自身の人格を否定し、自己嫌悪に浸ってきた。

 

新たに手首に加わった線が口を開け、僕に向かって、聞き慣れたいつものセリフを吐く。「君は空っぽな人間だね」