頬杖日誌

ふっ、と目を覚ます。本当に「ふっ、と」と形容するのが相応しいような、自然で、清涼とした目覚めだった。
いつもの、所謂「朝の忙しさ」というやつに否応無しに起こされるわけではなくて、また、変な夢を見て、そいつから引き剥がされるようにして起こされて、少しの間どうにも厭やな心持にさせられるような目覚めでもなくて、なんの感傷も伴わない、然るべき目覚めだ。階段を一歩ずつ降りていって、最後の一段をストンと、小さく軽く飛び降りたら、さあ朝です、といった感じだろうか。

それもその筈かもしれない。私は今、病院のベッドの上にいるのだ。忙しさや、けたたましさとは無縁な病院の目覚め。
純白のシーツの上。壁の色も、天井の色も、一面白、白、白。
白は私が一番好きな色だ。なんの害意も刺激もなく、そっと私を優しく包んでくれるような気がする。次に好きな色は、水色。いや、可愛いピンク色かしら。
床だけは唯一、少し黒ずんだような、どうにも退廃した汚らしい常盤色。この色はどうにも好きになれないな。そっと窓の方へ視線をやる。
真白いカーテンが大きくたなびく。あ、風。
庭先に咲いている酸漿、鳳仙花、夾竹桃……色とりどりの花々が朝露に濡れたまま静かに揺れている。少し、憂鬱になっちゃった。

看護婦さんが、今朝のお食事を運んできてくれる。すみません、すみません、と何度も頭の下げながら、心の中で反芻する。怪我で足が不自由だからといって、わざわざ朝食を用意して下さって、剰え配膳までしていただいて、申し訳なさで一杯になる。いけない、いけない。
どうにも、自分のことを他人にお世話になるのが嫌いだ。何もかも一人でできる、という思いあがったような自負があるわけではない。
寧ろその真逆で、私なんかが一丁前にも自分の用事を人様に頼むなど、恐れ多くて、泣きそうになる程申し訳なくなってしまうのだ。だから、大抵のことは自己解決させるように、ずっと心がけてきた。
けれども、病院ってやっぱり不思議。身の回りのことはできるだけ看護婦さんや職員さんに済ませてもらって、無理をしないことが推奨されてるのだもの。