潮騒

生温かい風が吹き、磯の香りとタバコの煙が鼻腔へと吸い込まれてゆく。澄み切った空、鴎の鳴き声。防波堤の向こうには、陽光に照らされ金色に光る水面が広がっている僕の心持ちを皮肉るように、景色のすべてはこれ以上ない程清々しかった。

コンクリートで舗装された道に目を落としながら、ゆっくりと歩町に数軒しかないコンビニへと向かい、投げやりな昼飯を選ぶ。 財布の中身が、もうこういった生活は続けられない現実を教えてくれる。

一体何週間経っただろう。次第に知り合いからの電話を無視する回数は減ってゆき、母親は何もしない僕に愚痴を零すことすら諦め、毎日無言で仕事へと向かう。

 
帰り道、向かいから同い年と思しき女の子が歩いてくる。
僕は顔を見られないよう、伏せ目がちに通り過ぎる事を試みる。
 
「あっ、××じゃん」
しまった、だから昼時の外出は好きじゃないんだ。
「久しぶりじゃん。何してんの?」
無視しようとしたが、その決意を潰すように二言目が投げかけられる。
 
「買い物」ぶっきらぼうに応える。
「ふーん……で、今仕事してんの?」
「別にいいだろ。どうだって」無意識に語勢が強まってしまう。
「どうでも良くないよ。最近顔見なかったけど、久しぶりに誘おうと思ってたんだからさ」
 
……だから会いたくないんだよ。誰とも。誰々が今どうしてるだなんて聞きたくもないんだよ。知り合いの幸せとか、そういうのが一番煩わしい。
 
「ねえ、ちょっと座って話そう。どうせ暇なんでしょ」
僕の薄暗い思いを掻き消すように、ずけずけと無神経に続ける。
 
それから彼女は一方的に話し出した。聞きたくなかった知り合いの話。少し顔を歪め、舌打ちしそうになってしまう。それから、自分の身の上の話を続ける。
 
「……でね、来月にはこの町をでて、上京すんの。それでね、よく遊んでた時期あったでしょ?実はそのとき××の事が好きだったんだ。……だからちょっとだけ話がしたかったんだ」
思いがけない言葉に、無関心を装っていた僕の顔がちょっとだけ綻ぶ。
 
「××の性格は、よくわかってるつもり。だから、無理にとは言わないけど、ちょっとだけ前向きに考えて欲しいんだ。きっかけなんて意外と簡単なもんなんだよ。××は、単純なとこもあるでしょ?」
長いこと会ってなかったのに、今の僕をすべて見透かしたような顔をする。
ああそうだった。この子にしか言わないような事も、色々喋ってたんだっけ。この子は、僕にぴったりの優しさを持ってたんだっけ……
「まぁ、どのみち××が決めることだけどね。できれば上京するときに見送って欲しいな。そんときは、お互いしゃんとした姿でさ」
憂色を隠したような顔で、彼女が話を終える。
 
コンビニの袋を持って、再び一人で歩き出す。今度は顔を上げながら、少しだけ足早に。相変わらず13時の空は雲一つなく、心地良い潮風が僕の体を吹き抜ける。