ほんの少しの短文でちょっとだけ顧みてみる

ここまで数作書き終えてみて自己認識として分かった事は、第一に基本的にな文章力の欠如、そして救いようのない凄惨たる展開に対する拘泥だろうか。
(この2点は克服すべき汚点であり、その為の路線をこれから押し進めてゆくのだ…!)

基本的に私の書き物の登場人物はみんな名前がなくて、そのときそのとき自己の感情を少しだけ切り取って表現する為の存在にすぎない。
(故に起承転結のある物語ではなく、掌編形式の随筆しか書けないわけだ)
けど、ただそれだけの主人公にも愛情を注がなければ、読み物として最低限の出来にすらならない。そういった気づきもあった。

とはいっても、安易すぎるハッピーエンドは書きたくないし、寧ろ自己嫌悪と堕落による快感を表現しないとどうも物足りない気もする。
文体としてもどうしても背伸びしたくなるし、クドい表現を選びたくなる癖は中々矯正し辛そうだ。

相変わらず自分の性分の面倒くささに嫌気がさすなぁ……

潮騒

生温かい風が吹き、磯の香りとタバコの煙が鼻腔へと吸い込まれてゆく。澄み切った空、鴎の鳴き声。防波堤の向こうには、陽光に照らされ金色に光る水面が広がっている僕の心持ちを皮肉るように、景色のすべてはこれ以上ない程清々しかった。

コンクリートで舗装された道に目を落としながら、ゆっくりと歩町に数軒しかないコンビニへと向かい、投げやりな昼飯を選ぶ。 財布の中身が、もうこういった生活は続けられない現実を教えてくれる。

一体何週間経っただろう。次第に知り合いからの電話を無視する回数は減ってゆき、母親は何もしない僕に愚痴を零すことすら諦め、毎日無言で仕事へと向かう。

 
帰り道、向かいから同い年と思しき女の子が歩いてくる。
僕は顔を見られないよう、伏せ目がちに通り過ぎる事を試みる。
 
「あっ、××じゃん」
しまった、だから昼時の外出は好きじゃないんだ。
「久しぶりじゃん。何してんの?」
無視しようとしたが、その決意を潰すように二言目が投げかけられる。
 
「買い物」ぶっきらぼうに応える。
「ふーん……で、今仕事してんの?」
「別にいいだろ。どうだって」無意識に語勢が強まってしまう。
「どうでも良くないよ。最近顔見なかったけど、久しぶりに誘おうと思ってたんだからさ」
 
……だから会いたくないんだよ。誰とも。誰々が今どうしてるだなんて聞きたくもないんだよ。知り合いの幸せとか、そういうのが一番煩わしい。
 
「ねえ、ちょっと座って話そう。どうせ暇なんでしょ」
僕の薄暗い思いを掻き消すように、ずけずけと無神経に続ける。
 
それから彼女は一方的に話し出した。聞きたくなかった知り合いの話。少し顔を歪め、舌打ちしそうになってしまう。それから、自分の身の上の話を続ける。
 
「……でね、来月にはこの町をでて、上京すんの。それでね、よく遊んでた時期あったでしょ?実はそのとき××の事が好きだったんだ。……だからちょっとだけ話がしたかったんだ」
思いがけない言葉に、無関心を装っていた僕の顔がちょっとだけ綻ぶ。
 
「××の性格は、よくわかってるつもり。だから、無理にとは言わないけど、ちょっとだけ前向きに考えて欲しいんだ。きっかけなんて意外と簡単なもんなんだよ。××は、単純なとこもあるでしょ?」
長いこと会ってなかったのに、今の僕をすべて見透かしたような顔をする。
ああそうだった。この子にしか言わないような事も、色々喋ってたんだっけ。この子は、僕にぴったりの優しさを持ってたんだっけ……
「まぁ、どのみち××が決めることだけどね。できれば上京するときに見送って欲しいな。そんときは、お互いしゃんとした姿でさ」
憂色を隠したような顔で、彼女が話を終える。
 
コンビニの袋を持って、再び一人で歩き出す。今度は顔を上げながら、少しだけ足早に。相変わらず13時の空は雲一つなく、心地良い潮風が僕の体を吹き抜ける。

続き物 その2

「うーん……」私の思案を遮るように、男が興奮気味に続ける。

「すごい気持ちいいからさ!それに、ほら、いつだかいってたじゃん。『自分の体をなるだけ汚したいんだ』って」

少し前に犯した失態を蒸し返し、私を詰る。
男のあまりの軽薄さに、何故だか笑みが零れてしまう。
「わかったわ。いいよ」

脱法ハーブについての知識は、友人から聞き齧った程度で、一知半解な状態だったが、そんな事はどうだっていい。

私は、薬物に対するイメージに慄然とする事もなく、男の目論見を邪推してみても、薄目で伏せた表情を崩すまでには至らなかった。

 

「で、こうやって10秒くらい肺に溜めて吐き出すんだ。タバコをふかすのとおんなじ。って、タバコ吸わないんだっけ?」

私の小さな嘘すらずっと見抜ずにいる、間抜けな男が見本を見せる。

男に促されるがまま、有害で素敵な煙を取り込んでみる。

「一分くらいで効き目がでるよ」

成る程。男の言葉通り、吸い込んでから少し経った後に実感する。

足は地上から離れ、目は見開き、増幅された刺激を受容する。全身の皮膚に、微弱な電流が走る。

 

普段と違う身体で、普段の思考回路のままの私は、手早く下着を脱ぐ。

男は少し虚ろな容態だったが、私の行動を視認するなり、私にそっと口付けする。

そして、いつにも増して、執拗に私の身体を愛撫する。耳、口、首すじ、乳房、そして陰部……

数日ぶりの餌にありついた犬のように、自らの吐息にも、涎にも頓着せず、執拗に、なんども舐めずる。

ハーブの効能の所為か、自然と表情が強張り、何故だか泣きそうになってしまう。

「そろそろかな」男は確認し、私の身体の中に深く侵入し、数多の不純物で澱んだ私の内部を、何度も攪拌する。

心地の良い痺れと浮遊感に満たされ、不本意にも嬌声を漏らしてしまう。

男の顔が歪み、気味の悪い表情を見せる。

 

私は、男を眺めていた。

今しがた、独りよがりな欲求を発散したばかりの男を。

普段の私ならば、何も感じず、冷めた表情のまま即座に帰ろうとしていただろう。

「もう帰る?」男が問いかける。

「終電には、間に合うからさ、ちょっとだけ話がしたいんだ……」

……言いたかった言葉を飲み込んで、首を縦に振る。

新しい身体を手に入れた代償として甘受した寂しさを、人恋しさを紛らわしたかった。けれど、不器用な私は、身体を重ねる他にその方法を知らない。

 

玄関においてあった、小さな少女の人形を一瞥する。人形は、何か言いたげな視線で私を見つめる。

再び視線を外した私は、男のアパートをひとり後にし、一雫だけ涙をこぼした。

 

続き物 その1

阪神電車、大阪難波駅スターバックスコーヒーを横切り、24番出口の階段を駆け上がる。

だんだんと構内のけたたましい音が遠くなり、18時の陽光が斜め上から網膜へと、容赦無く照射される。

光と音に少しだけ疎ましさを感じながら、携帯を取り出す。待ち合わせ時間5分遅れを確認し、いつもの場所へと向かう。
 
私は、待ち合わせ相手の男を見つける。
少しだけ不恰好ではあったが、華奢な身体を流行のファッションで飾った、今時の、普通の男だ。
男は、執拗に時計を確認していた。
 
「こんにちは」感情を読み取られないよう、いつもの手慣れた無表情で私は言う。
「やぁ」憂色を浮かべ、あからさまに不機嫌そうだった男の顔が、一瞬にして綻ぶ。
「…今日は、わかってるよね?」
「うん」
男は少し興奮したような語勢で話す。私は、気付かれないよう舌打ちした後に、呼応する。
 
 男が足を早め、催促しながら先導する。
今日向かうのはいつものラブホテルではなく、男の自宅。
けれど、先にお金を受け取る事は変わらない。どっちみち、それ以外はどうだっていい。
 
心斎橋筋を2、3外れた裏通りに、男の住処はあった。
男と同じ様に、とりたてて特徴もない、一般的なアパートだった。男は、待ちきれない様子で鍵を開け、私を部屋へと招き入れる。
草臥れた3枚の万札を受け取った後、男にシャワーを浴びるよう催促し、TV、ソファー、ポスター、箪笥、人形……部屋の全てを値踏みする。
余計な時間は過ごしたくない。自分の身体は、予め洗ってきた。
 
風呂場からでてきた男が、開口一番に予想外の事を訊いてくる。
「ハーブって、吸った事ある?」
「ないよ」ほんの少し吃驚したが、私は、冷めた表情を崩さずに即答する。
男は、続けて提案する「よかったら、やってみない?」

処女作

これで何度目だ、また僕は真っさらな原稿を置きっ放しにしてしまう。

小説を書こうと思っても、書き出しすら思いつくことができない。

そもそも、どうしても書きたい主題がないのだ。

 

僕は、これ以上不毛な時間を過ごすまいと、書斎を後にしリビングで一喫する。

ふとTVを点ける。いつもならそのけたたましさに辟易するだけなのだが、僕はこの有害なだけの箱が映し出す映像に齧りついていた。

それは、報道番組だった。十代の子どもが、同年代の子どもをリンチした後殺すという、センセーショナルで凄惨な事件についての特集だ。

僕は不本意ながら、報じられた犯人達を羨望の眼差しで見つめていた。

僕は、所謂「一般家庭」に生まれ、幼い頃からとりたてて飢えも不自由も感じた事はなかった。

だけどそれは、見方を変えればただの「凡庸」だ。

いつまで経っても原稿の一枚もかく筆できないような、僕の「がらんどうさ」の一因である。

 

有害な箱に映る報道番組は、この非現実な事件の主人公達の特殊な生い立ちや、人格を推察し、紹介している。

僕は、彼らに狂おしいほどの嫉妬を覚えながら、側にあった果物ナイフで自らの手首を乱暴に切りつける。

あらかじめ数本の線をたたえた手首に、また新たな線が加わった。この歪んだ不細工な線の数だけ、僕は僕自身の人格を否定し、自己嫌悪に浸ってきた。

 

新たに手首に加わった線が口を開け、僕に向かって、聞き慣れたいつものセリフを吐く。「君は空っぽな人間だね」